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社会党の後身である社会民主党は

社会党の後身である社会民主党は、成立時に西欧流社会民主主義と保守色の混合である社民・リベラルを謳った。社会党左派の立場を継承しているはずの新社会党も1996年の衆議院総選挙、1998年の参議院選挙で国会の議席を失って以来、選挙のたびに得票を減らし続け、2003年、衆議院総選挙では公認候補を立てられなかった。しかし、社民党は2006年決定の「社会民主党宣言」で基本政策をほぼ村山内閣以前に戻し、護憲を掲げて自民党との対決色を強めている。リベラルも党文書から消え、地方組織には社会主義協会など旧左派勢力も根強い。そのため、一部には社民党にかつての社会党左派の役割復活を期待する声もある。

この時期の主な政治家は以下のとおり。

野坂浩賢 - 村山の側近として村山政権を支えた。建設相時代、長良川河口堰の運用開始を認め、環境保護派から激しく批判された。
矢田部理 - 社会党茨城県本部委員長、参院議員会長など歴任。自社さ連立政権を批判して社会党を除名され、新社会党を結党。新社会党初代委員長。1974年、ロッキード事件の追及で一躍有名になった。
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翫正敏 - 石川県小松市の正光寺(真宗大谷派)住職。参院議員在職時、自民党に接近する村山に異議を唱え、1994年の社会党委員長選挙に立候補するが、村山に大差で敗れる。その後離党し、新党護憲リベラルに参加。しかし護憲リベラルの中心メンバーである田英夫や國弘正雄も自民党への協力を表明し、対立。護憲リベラルも離党し、新党「憲法みどり農の連帯」を結党、代表に就任。その後は新社会党でも活動。
なお、よく誤解されているが、村山富市は一貫して社会党右派に属してきた政治家である。

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2009年09月18日 01:55に投稿されたエントリーのページです。

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